“都市を発酵”せよ。キムチや納豆だけではない、人間が媒体となる社会的な発酵とは?

「発酵」というテーマと都市を繋げる活動が台北で始まっている。根本にあるのは、“社会を発酵”させることで都市は変わるという考え方だ。細菌でも酵素でもなく、人間が媒体となる都市の発酵とは?

“発酵”を通して都市との関係を見直せるか?

2019年の初め、友人の影響で発酵に興味を持ち、片っ端から関連書籍を読んでいた。そんな折、偶然手に取ったのが”発酵デザイナー”・小倉ヒラクの『発酵文化人類学』だった。彼は発酵文化を通して人間社会と自然の関係性を紐解く。

「発酵とは、微生物が人間に役立つ働きをしてくれること。そして微生物のちからを使いこなすことで、人類は社会をつくってきた」

それまで「食の発酵」にまつわるレシピ本ばかり読んでいた私は、発酵を学ぶことはキムチを作ることだけでなく、広く人間社会を紐解くヒントにもなるという事実に衝撃をうけた。それからというもの「発酵を介した人間社会と自然の関係性」というテーマが、私に付きまとっていた。

数ヶ月後に訪れた、「壊れた自然と、人類の生き残りをかけたデザイン」をテーマとしたミラノ・トリエンナーレでは、ドミニク・チェン氏が開発したぬか床ロボット、『NukaBot』に出会った。塩分量や温度などのぬか床の状態を、音声で“教えてくれる”ロボットだ。

「なんだ、教えてくれるだけ?自動でかき混ぜてくれないの?」という文句が聞こえてきそうだが、ドミニク氏は「人間の手でかき混ぜることが肝心なのだ」と言う。あるインタビューで次のように説明している。

「客観的にみると、人はぬか床の中をコントロールしているかに見えるかもしれませんが、主観的な体験としては、まるでペットに餌をあげるかのように、菌の言いなりとも言える状態です。香りや手触りを通じて菌から発せられるメッセージを感じ取り、『ちょっと待ってね』と手を入れる。これは生き物同士の関係性だと思うのです」

ぬか床をかき混ぜることは生き物、ひいては自然と対話することなのかもしれない。そのプロセスが、人間と自然の関係を紡いできたのだろう。

私の専門は、都市だ。発酵文化人類学ならぬ、発酵都市論なるものはないかと気になっていたら、面白いプロジェクトを台湾で見つけてしまった。その名も「Ferment the City(都市を発酵せよ)」。社会的な発酵をテーマに多くの人々を巻き込み、ゴミをリソースに変換つまり”発酵させる”活動を展開する有志団体だ。アップサイクルや発酵食品について学ぶワークショップや展示会などを企画しながら、廃棄物を出す、エネルギーを使用するだけの現代都市に疑問を投げかけている。

なんともミステリアスで美味しそうなネーミングではないか。さっそく話を聞きにいくことにした。

気候変動の時代に必要なアップサイクル

プロジェクトを統括するのは、ドイツ出身の活動家、ステファン・シモン。環境問題やサステイナビリティに関する活動を展開する団体、COLLECTIVE GREENの責任者で、台北に住んでいる。

彼は出会うなり、キムチやジンジャービール 、コンブチャなど発酵食品の魅力について熱心に語りながら、プロジェクトの事務所があるC-Lab(Taiwan Contemporary Culture Lab)に案内してくれた。


台北・大安区に位置するC-Labは、旧空軍司令部の基地をリノベーションした文化センター。台湾リビングアーツ基金(Taiwan Living Arts Foundation)と文化省により企画運営されている。ソーシャルイノベーションに関わるプロジェクトを積極的に支援しており、「Frement the City」プロジェクトもC-Labのインキュベーションプログラムに参加している。



ステファンが連れてきてくれたのは、「Ferment the City」のドーム型のブース。木材を組み立てた取り外し可能なドーム型構造に、使い捨てのビニール袋を加工してつくったプラスチックのシートが埋め込まれていた。スーパーやコンビニでもらうビニール袋を加工し、建築資材などとして使用するためのワークショップを開催し、つくったものだという。

「発酵というと、野菜や果物などの有機物を、普通は連想しますよね。けれど、金属やプラスチックなどの素材に『発酵』というキーワードを持ち込み、アップサイクルやゼロウェイストの考え方に繋げられないか、と思いついたんです。」

プラスチックなどの素材を単純に再利用するのではなく、素材の性質そのものを変化させ、より価値の高いものを生み出すアップサイクルのプロセスは、たしかに発酵のそれと似ている。

彼がインスピレーションを受けたのは、プラスチックをアップサイクルするPrecious Plasticというプロジェクトだ。プラスチックを“発酵”させてその性質を変化させ、単なる素材の再利用ではなく、より価値の高いものを生み出そうという試みだ。不用品として処分されるものを、食品や動物の飼料、建築素材など新しい資源に作り変えるワークショップを積極的に開催している。

発酵は集合的かつ社会的なプロセス

Ferment the Cityは、ゴミをリソースに変換するプロセスに「発酵」という概念を持ち込んでいるだけではない。そもそも発酵とは、酵母・細菌などのもつ酵素によって、物質が変化すること。この概念を、人間のコミュニティというテーマにまで拡大させて考えている。「発酵のプロセスとコミュニティの発展は似ている」とステファンは説明する。


「発酵は、ひとつの微生物ではなく、微生物の集合体が影響し合って初めて起こる現象です。人と人のつながり、つまりコミュニティで起きる社会的なプロセスだと言えます。

また、発酵は手がかかる。ぬか床ロボットも人間の手でかき混ぜる必要があるように、発酵には、時間と労力が必要です。だからこそ、助け合いや集合的なアクションが大切になってくる。

ここから「社会的な発酵」というコンセプトを掲げることにしました。」


「Ferment the City」の活動領域を示す図。「リサーチ」や「社会啓蒙」に加え「社会的な発酵ネットワーキング、コミュニティビルティング」が挙げられている

ぬか床ロボットも人間の手でかき混ぜる必要があるように、発酵には、時間と労力が必ずかかる。だからこそ、助け合いや集合的なアクションが大切になってくる。ステファンは、「社会的な発酵」は私たちの生きるコミュニティ、ひいては社会をよりよくするために不可欠だと強調する。

「人間が酵母・細菌だとしたら、細菌が野菜を変化させるように、私たちは集合的に社会を”発酵”させ、変化をもたらしえるのではないのでしょうか。現在、環境問題に対する施策が不可欠になるなかで、草の根的なコミュニティベースの戦略と活動が求められています。だからこそ『社会的な発酵』というアナロジーは、現代において有効なのではないかと考えました。」

都市を発酵させるとは、どういうことか

ゴミをリソースに変換し、アップサイクルする「素材の発酵」と、人と人が影響し合い、より良い変化に向かっていく「社会的な発酵」。その舞台として、なぜ「Ferment the City」は都市という言葉を使ったのだろうか。

そういえば、建築家・隈研吾も、『「沸騰する都市」から「発酵するムラ」へ』という記事で、発酵というアナロジーを使用していた。

ムラおこしはたいてい、情熱を持った「シティーボーイ」が「村」に都会の風を持ち込んでくることから始まります。北京や上海、シンガポールが即効性のあるマネーの力で都市を沸騰させているとするならば、ムラおこしで起きている現象は「発酵」に近いものじゃないか、という気がします。村にもともとあった遺伝子が外部からやってきた触媒に触れることで、ある種の化学反応を引き起こし、新しい「ムラ」が形づくられていく。人と人との有機的なつながりができた結果、リーダーがいちいち旗を振らなくても次々と連鎖反応が起こっていくのが、ぼくにはおもしろい。
 
ここでは都市は種菌であり、ムラはその種菌を受け取り、発酵が行われるための舞台だ。しかし、発酵が必要なのはムラだけではなく、都市そのものなのではないか。

人間の消費活動が集中する都市では、大量の廃棄物が生み出され、エネルギーが消費されている。例えば、東京はその格好の例で、年間のゴミ生産量は世界の都市で3位、かつエネルギーや食料などの生産活動は地方や国外にどっぷり依存した、完全なる非自立都市だ(東京の食料自給率は1%)。

ここで、トップダウンの政策による解決を目指すのではなく、コミュニティによる集合的な活動を通してこそ、国連の推奨する「循環型都市(Circular Cities)」が実現するのではないか。

人間が細菌となり、都市にもともとあった遺伝子と化学反応を起こして、新しい循環型都市へとアップデートしていく。「Ferment the City」のメッセージは、「発酵」というアナロジーを通して、都市と自然、人間との対話を促すことだ。

例えば東京を発酵させたら、どんな景色が広がるのだろうか。



ステファン・シモン(Stefan Simon)

環境科学専門。COLLECTIVE GREEN創始者。気候変動、サステイナビリティ、循環経済など環境に関わる幅広いトピックでプロジェクトを行なっている。目標は、環境に関する実践者のグローバルなネットワークを作り、多くの人にサステイナブルな生き方を伝えること。

編集協力:向晴香さん
写真提供:COLLECTIVE GREEN